閑話球題
2012.01.16
毎日少しずつ
球団のホームページに2点ずつ毎日のようにアップされる営業企画部長の『あおぞらを駆ける』を開くたび、<毎日少しずつ それがなかなかできねんだなあ>という、詩人にして書家・相田みつをの言葉を思い出す。
練習に明け暮れるファームの選手たちの、汗と泥と涙と、時にはじける笑顔をとらえた2600枚余のスナップには、1点ごと自作の詩が添えられている。投手として入団したものの1年で練習生へ降格となった自身の体験から、若い後輩たちに伝えたい戒めや励ましが中心だが、野球を離れて書き留めておきたくなる詩も少なくない。
去年ので言えば、何年も前、秋10月に亡くなった母親の臨終の思い出。食べたい物はの問いに「スイカ・・・」と消え入るような声で答えるのを聞くや、伯父は夜の病室を飛び出し帰って来なかった。翌日母親が息を引き取って家に戻ると、玄関先に何やら箱が置かれている。間に合わなかったけど伯父がどこかでやっと見つけた、小さな季節外れのスイカだった。
3・11直後の通勤ではこんな体験をした。電車が動いておらずタクシーをつかまえたものの、大渋滞に巻き込まれてしまう。それなら自転車を買って東京まで行こうと思い直し、自転車屋に着けてもらってタクシー代を払おうとすると、「お金いらないよ。これから道中長いんだから、ジュースでも買って飲んでよ」。逆に運転手さんから励まされた。
20年以上前さまざま話題を呼んだ『一杯のかけそば』を思い出させる風景もある。日曜の早朝、ファームの撮影に行く途中で寄った立ち食いそば。父子連れがいて、1杯だけのかけうどんを子どもが食べていた。食べながら時々父の顔を振り返る子に、「全部いいよ」と父親。でも子どもはつゆを残してどんぶりを置く。父はそのつゆを、それはうまそうに飲み干した。どういう事情の親子かはわからない。見ると子どもの靴は擦れて穴が開いていた。
『あおぞらを駆ける』では、そんな名もなき人生のひとコマにも出会うことができる。わが営業企画部長は、土日のジャイアンツ球場でいつも2000回以上シャッターを押し、平日の夜、仕事が一段落してから球団のデスクで2篇ずつ詩を書くのだという。
2012年が明けた。<毎日少しずつ>が大切なのは、野球も仕事も同じである。