GIANTSニュース
2007.07.13
96年の優勝投手・川口さんがおやGに登場
1996年の優勝投手・川口和久さん(48)が13日、巨人軍OB選手が当時のエピソードを披露するトークショー「集え!ジャイアンツおやG!!」に登場しました。川口さんは優勝の瞬間、大泣きしましたが、「あの年が一番苦しかった。辞める覚悟だった」と、涙のわけを語りました。
川口さんは、広島から95年に巨人へ移籍し、先発から抑え投手になりました。川口さんはまず、広島時代の思い出を次々と語りました。巨人キラーとして知られていた川口さんは、巨人戦では「逃げないように、攻めるように投げていた。球場へ向かうバスの中では、常に闘争心を燃やすように『仁義なき戦い』が流された」と、広島ならではのエピソードで笑いを誘いました。
94年のオフ、川口さんはFAを宣言します。妻の父親が病気のため、東京の球団を探していたところ、当時の長嶋監督からいきなり電話がかかってきました。初めての電話が「川口くん、元気?。じゃあ、あした会おう」だったそうです。
さっそく飛行機で東京へ飛び、長嶋監督と中華料理を食べながら、その年に巨人から何勝したかを聞かれ、「4勝です」と答えると、「そしたら4敗減るな」と返されたと話します。長島監督一流の口説き文句だったのかもしれません。
ただ、移籍後は、順調とは言えない日々でした。96年には二軍に落ち、投球フォームも大幅に変えました。さらに、PNFという障害を持った人らを対象にしたトレーニング法にも取り組みました。「これがものすごくつらい。ブリッジをしたまま足をあげるとか。脂汗のような、気持ち悪い汗が流れる」。
やがて厳しいトレーニングの成果が現れ、抑え投手として返り咲きます。迎えた優勝決定の日、マウンドへあがる時には『ドクッ、ドクッ』という自分の心臓の鼓動が聞こえたそうです。最後の打者では優勝を確信して「涙でキャッチャーが見えなかった」。そのまま投げた外角ストレートでストライクアウト。涙は止まらなくなりました。
川口さんは「巨人はそれだけの期待を持たれる。いいプレッシャーになる時もあるが、僕は重荷に感じた」。それでも、巨人時代を「こんなに充実した4年間はなかった」と振り返りました。
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川口さんは、鳥取城北高からデュプロを経て、81年から広島。先発投手として活躍し、87年、89年、91年には最多奪三振に輝いています。95年から98年まで巨人に在籍し、現役を退きました。通算成績は139勝135敗4S、防御率3.38。現在はプロ野球解説者として活躍しています。
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「集え!ジャイアンツおやG!!」は東京ドーム22番ゲート前のステージG-KINGで行われます。次回は15日(日)に関本四十四さんが登場します。また、29日(日)には大久保博元さん、8月17日(金)には水野雄仁さん、8月19日(日)には定岡正二さんが予定されています。