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GIANTSニュース

2007.08.23

「おやG」…キレ味抜群!角さんがトーク

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 巨人軍OB選手が当時のエピソードを披露するトークショー「集え!ジャイアンツおやG!!」。23日は、80年代に左腕のリリーフエースとして活躍した角盈男さん(51)が登場し、ユーモアたっぷりのトークを展開しました。

 左のサイドスローから繰り出すキレのいい直球を武器に、藤田、王両監督時代の「守護神」を務めた角さん。81年には8勝20S(5敗)の成績で最優秀救援投手に輝きました。最近のクローザーは、最終回1イニング限定の登板が一般的ですが、当時は複数のイニングを投げるのが当たり前で、時には7回からの3イニングを任されることもあったそうです。

 角さんは「阪神が『JFK』なんて言ってるけど、ボクは一人でやってたんだよ」と胸を張り、9回1イニングで1点差なら「『ラッキー♪』と、スキップしながら行きました」と笑顔で振り返りました。

 そんな角さんの不満は、最近の子供たちがピッチャーの球速ばかりを話題にすること。自身は最速でも140キロ台をマークしたことが数度しかないため、子供たちに話しても「『フン』としか言ってもらえない」そうです。

 しかし、司会を務めた所憲佐ファンサービス部員は、ブルペンで現役時代のボールを受けた感想を「角の球は(本塁上を)クロスしながらホップするイヤらしいボール。江川と同じぐらいキレがあった」と証言。また、同じ時期に投手として活躍した香坂英典部員も「ルーキーだった原監督が、キャンプで角さんの球を見て驚いた」というエピソードを披露しました。

 ただ、こうした現役時代の活躍ぶりを話すのは照れくさいのか、角さんが自ら進んで話すのは“失敗談”ばかり。その一つが、日本ハムに移籍後の1990年、近鉄・ブライアント選手に東京ドームの天井から吊り下げられたスピーカーを直撃する「認定ホームラン」を浴びたエピソードでした。

 角さんは試合前、このスピーカーを見上げながらチームメートに「あんな所に当てられたらピッチャーやめる。引退するよ」と話していたそうです。「次の日のみんなの冷たいこと…」と苦笑いしながら当時を振り返りました。

 秋に歌手としてCDデビューするなど、多方面で活躍する角さん。今年のジャイアンツについて「安心して見ています。オレは日本一しか考えていない」と太鼓判を押す一方、後輩のG戦士たちに対しては、「四番とエースは“生え抜き”が務めて欲しい。移籍してきた選手にそれを支えてもらいたい」とエールを送りました。
  
 角さんは鳥取・米子工業高校、三菱重工三原を経て、1978年、ドラフト3位でに入団。1年目に5勝7敗7セーブ、防御率2・87で新人王。3年目からサイドスローに転向し、リリーフエースとして活躍しました。12年間の巨人在籍中に517試合29勝41敗93セーブ、防御率2・85。その後、日本ハム、ヤクルトに在籍し、92年で引退するまでに15年間で618試合38勝60敗99セーブ、防御率3・06の成績を残しました。