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2011年12月

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2011.12.12

【連載・セカンドルーキー】(2)佐藤誠・打撃投手

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入団会見の時の佐藤打撃投手(右)


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入念に準備をして、打撃練習のマウンドに立つ

 10月22日の今季最終戦、試合開始4時間前の東京ドーム。マウンドの約2メートル手前から佐藤誠打撃投手が投じる回転のいい球を、打者が鋭いライナーで左右にはじき返す。まだ、観客がいない静かな場内に乾いた打球音がリズムよく響く。

 1993年に、駒大岩見沢高(北海道)からドラフト5位で入団したが、在籍した7年間で一軍登板はわずか5試合にとどまった。力を出し切れずにいた2000年オフ、ダイエー(当時)への移籍が決まった。

 巨人時代に身に付けたシュートを操り、中継ぎとして04年と05年のリーグ連覇に大きく貢献。しかし、連投の疲労が徐々に体をむしばみ、プロ17年目の10年オフに自由契約に。トライアウトを受けるなど進路を模索していたころ、古巣の巨人から打撃投手として誘われた。現役に未練がなかったといえばウソになるが、「自分には野球しかない」との気持ちで、10年ぶりに古巣のユニフォームに袖を通した。

 選手の顔触れもずいぶん変わり、知っているのは、高橋由、鈴木尚、加藤の3選手くらい。当初は、若い選手とコミュニケーションを取るにも苦労した。しかし、それ以上に苦しんだのは、現役時代の打ち取る投球から、気持ち良く打たせる投球にスタイルを変えることだった。「シュートやカットボールを使って抑えていたし、直球を手加減して投げると回転が悪くなる。スピードを抑えて回転のいい球でストライクを投げ続けることがこれほど難しいとは思わなかった」。球の回転と制球を過剰に意識し、ストライクが入らなくなることもしばしばだった。

 そんな中、転機を与えてくれたのは、選手時代から交友があった鈴木尚広選手だった。6月の東京ドームでの試合前打撃練習の際、鈴木選手に投げたが、制球が悪く、申し訳ない気持ちでロッカーに引き上げた。そのとき、後ろから追いかけてきた鈴木選手は、「試合では同じボールなんて来なし、ストライクが入らなくても気にしないで下さい。ボールを見極めることも練習ですから」と、声をかけてくれた。「あの言葉に本当に救われた。でも逆に、『このままではいけない。現役の時のように克服しないと』と奮い立った」という。

 それからは、ストレッチやキャッチボールを見直したり、イメージトレーニングをしたりと、登板前の準備に万全を期した。そうして、打撃投手という仕事に真剣に向き合うにつれ、「今までは何とかなるだろうと努力を怠ったし、現役時代のような『負けたくない』という気持ちが薄れていた」と自分の甘さが見えてきた。

 次第に制球よく回転のいい球を投げるコツがつかめてきたし、「練習で投げた打者が試合で成果を出すと心底嬉しい」とやりがいも見つけた。ただ、一つ心にひっかかっているのは、「プロで活躍する基礎を作ってくれた巨人に恩返しをできていないこと」。自分の仕事が、打線の奮起とチームの勝利につながることを信じて腕を振った。
(広報部 堀田一郎)

◆佐藤 誠(さとう・まこと)◆
1975年6月12日生(36歳)
駒大岩見沢高―巨人(1993~2000年)―ソフトバンク(ダイエー)(01年~10年)
通算成績209試合、16勝、8敗、1S、18H、防御率4.14

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