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HISTORY ジャイアンツ栄光の記録
球団史 監督列伝 選手列伝
1934~1944
黎明期~ジャイアンツ誕生から戦前の時代

1936年 プロ野球開幕

 35年から36年にかけ、巨人に続き、大阪タイガース、名古屋、東京セネタース、阪急、大東京、名古屋金鯱と計7チームが産声を上げ、36年2月5日には「日本職業野球連盟」が創立され、いよいよプロ野球が本格的に始まった。

 プロチーム同士の初の対戦は、同年2月9日。巨人と金鯱との間で行われた一戦だった。巨人はこの試合を落とすが、翌10日、11日と連勝。初の3連戦を2勝1敗と勝ち越した。

 この直後、巨人は2回目のアメリカ遠征に出発。総勢19人の一行は、全米を転戦しながら42勝32敗1分の成績を残した。第1回遠征の時は沢村頼りだった投手陣も、スタルヒンらが成長、打撃、守備でも本場の技術を習得し、戦績以上に得る物の大きい遠征となった。

 この遠征中に藤本定義が監督に就任。帰国後、6月16日から夏季練習に入り、7月1日からはついに公式戦が幕を開けた。「日本職業野球連盟結成記念全日本野球選手権試合」と名づけられたこの大会は、連盟加盟7チームによるトーナメント戦で、東京、大阪、名古屋の3か所で行われた。巨人は東京大会の第1戦で名古屋に8-9と惜敗。敗者復活戦で大東京を10-1で退け、これが公式戦初勝利となった。しかし金鯱には2-4と逆転負け。結局巨人は、3大会で計2勝しただけで、「初のプロ野球チーム」の面目を保てなかった。チーム打率.230は7チーム中5位と貧打が目立ち、期待された沢村ら投手陣も今一つの出来。プロ野球のスタートは、初のプロ野球チームとしては期待外れの結果に終わった。

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