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HISTORY ジャイアンツ栄光の記録
球団史 監督列伝 選手列伝
1934~1944
黎明期~ジャイアンツ誕生から戦前の時代

1940年 優勝

トピックス

 戦時色濃く、スタルヒンが「須田博」と改名。しかし豪腕は衰えず、この年も15連勝を含む38勝で最多勝、MVPを2年連続で獲得。チーム2連覇に大きく貢献した。

 沢村が復員してきたが、往時の勢いはなく、12試合に投げただけで、7勝1敗の成績に終わる。しかし、対ナゴヤ戦(7月6日)では、自身3度目となるノーヒットノーランを記録、格の違いを見せつけた。

 粗悪なボールの影響でリーグ全体の打率が下がってきたが、川上が9本塁打でホームラン王、中島が67打点で打点王を獲得している。

 この年、タイガースの三輪に対して、チーム初のノーヒットノーラン(8月3日)を喫している。

ペナントレース

 8月中は全チームが満州へ渡って公式戦を行った。ナゴヤ、セネタ―スとの首位争いが続いたが、スタルヒンの大車輪の活躍に加えて、打撃陣の援護もあり、終始巨人がペナントレースを引っ張り、終わってみれば2位阪神に10.5ゲームという大差をつけた2連覇となった。

チームリーダー

打率 本塁打 打点 盗塁
川上 .311 ☆川上 9 ☆中島 67 吉原 30
勝利 勝率 防御率 奪三振
☆須田 38 須田 .760 須田 0.97 須田 245

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