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HISTORY ジャイアンツ栄光の記録
球団史 監督列伝 選手列伝
1934~1944
黎明期~ジャイアンツ誕生から戦前の時代

1942年 優勝

トピックス

 ボールの粗悪化などで、バッティングはますます低調。呉波が首位打者を獲得したが、.268という低打率だった(史上最低打率での首位打者)。中島が60打点で打点王、水原がMVPを獲得した。

 須田が前年の不調を吹き飛ばすような活躍で26勝を挙げ、広瀬も21勝、中尾13勝と、投手陣に寄りかかった優勝となった。

 川上、水原が入営するなど、選手の数が減少。前年勃発した太平洋戦争の影響を受け、プロ野球の存続自体が危ぶまれるようになった

 この年は、戦後の第2期黄金時代の主役となった青田、藤本らがデビュー。藤本は無傷の10勝、青田も規定打席不足ながら.355の高打率を残すなど、大物新人ぶりを見せつけた。

ペナントレース

 前半こそ阪急、南海と三つ巴の戦いになりもたついたが、5月4日の南海戦に勝って首位に立つと、後は譲らず。11月1日、甲子園の阪急戦に勝って5季連続のVを飾った。

チームリーダー

打率 本塁打 打点 盗塁
☆呉波 .286 中島 7 ☆中島 60 呉波 40
勝利 勝率 防御率 奪三振
須田 26 ☆広瀬 .778 須田 1.11 中尾 114

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