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HISTORY ジャイアンツ栄光の記録
球団史 監督列伝 選手列伝
1946~1960
第2次黄金時代~2リーグ制の幕開け

 プロ野球の戦争からの復興は早く、45年(昭和20年)11月には東西対抗戦、翌年には早くもペナントレースが再開された。

 混乱期の中、ジャイアンツは快進撃を続ける。40年代こそ優勝は一回だけだが、50年代に入ると第二期黄金時代が幕を開ける。51年からは日本シリーズ3連覇、一年おいて55年にも日本一になるなど、手のつけられない強さだった。

 この時代で忘れてはならないのが西鉄ライオンズとの死闘。ジャイアンツからライオンズの監督に転身した故・三原脩は、「打倒・ジャイアンツ」を目標に新興ライオンズを育て上げ、56年から58年にかけては、日本シリーズで三度ジャイアンツと対決し、三度ともこれを下す。ジャイアンツにとっては屈辱となったが、いずれも日本野球史上に語り継がれる熱戦となり、ファン層の拡大に大きく寄与することになった。


年度 順位 監督
1946(昭21) 2位 64 39 2 .621 藤本英・中島
1947(昭22) 5位 56 59 4 .487 中島・三原
1948(昭23) 2位 83 55 2 .601 三原修
1949(昭24) 優勝 85 48 1 .639 三原修
1950(昭25) 3位 82 54 4 .603 水原茂
1951(昭26) ☆優勝 79 29 6 .731 水原茂
1952(昭27) ☆優勝 83 37 0 .692 水原茂
1953(昭28) ☆優勝 87 37 1 .702 水原茂
1954(昭29) 2位 82 47 1 .636 水原茂
1955(昭30) ☆優勝 92 37 1 .713 水原茂(円裕)
1956(昭31) 優勝 82 44 4 .646 水原円裕
1957(昭32) 優勝 74 53 3 .581 水原円裕
1958(昭33) 優勝 77 52 1 .596 水原円裕
1959(昭34) 優勝 77 48 5 .612 水原円裕
1960(昭35) 2位 66 61 3 .519 水原茂
☆=日本シリーズ優勝

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