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HISTORY ジャイアンツ栄光の記録
監督列伝 球団史 選手列伝

藤本英雄(1944、1946)

 日本初の完全試合男・藤本は、終戦を挟んだ2年間、チームを預かった。選手の数が少なく、自身エースとして大車輪の活躍を見せながらの監督業だった。

 19年シーズン前には、残った選手はわずか6人。やむなく他チームからの補強と新人選手の獲得で頭数をそろえシーズンに臨んだ。藤本も登板しない時は野手として出場するなど苦しいやりくりを続けたが、この年秋でついに戦前のプロ野球は中断、巨人の連覇記録も途絶えた。

 終戦翌年の21年、巨人は松山でキャンプを張り、本格的なチーム復活に乗り出す。未だ戦場から帰還しない選手も多く、藤本はここでも監督として采配を振るうことになった。無難な指揮ぶりで、ペナントレースはまずまずの成績でスタートしたが、6月に入ると中島が監督として復帰。藤本は選手に専念し、戦後初のシーズン、21勝6敗の成績を残した。

監督通算34勝23敗

監督通算成績

勝率 順位 特記事項
'44 19 14 .576 2位 戦前最後のシーズン
'46 15 .625 2位 中島復帰で監督交代
34 23 .596    

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