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台湾・嘉義農林高で夏2回、選抜1回甲子園出場。遠投120メートル、100メートル11秒代と強肩俊足の選手として注目された。
37年、巨人入り。42、43年には連続首位打者を獲得したほか、43年には29連続盗塁成功の記録を残すなど、俊足巧打のリードオフマンとして活躍した。18年には最優秀選手にも選ばれている。ちなみに、42年の.286というのは首位打者の打率としては史上最低。図らずも、粗悪なボールの時代を証明する記録となった。
44年、阪神に移籍。盗塁王に輝いたが、戦後は投手としても才能を発揮。特に46年にはノーヒットノーランも達成、14勝を上げるなど、エース格として活躍した。50年には毎日に移籍、57年まで現役で生き長く活躍した。毎日時代に記録した16試合連続得点は、現在も日本記録として残っている。
95年、野球殿堂入り。
■通算成績(プロ野球通算)
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