ONの跡を継いで巨人の4番に座った「若大将」。東海大相模高時代から人気を集め、東海大を経て80年ドラフト1位で入団、シュアなバッティングと堅実な三塁守備、甘いマスクで一躍人気者となった。
1年目に打率.268、22本塁打と期待通りの活躍で新人王。83年には打点王を獲得、リーグ優勝に貢献してMVPに選ばれた。その後も毎年30本塁打前後と、安定した成績を残す。「チャンスに弱い」とも批判されたが、83年には勝利打点20と、四番としての役割を十分果たした。
4番として1066試合に出場。4番で打った本塁打255本は川上を上回る。通算本塁打382本は、巨人の選手としては王、長嶋に次ぎ歴代3位。
選手生活晩年は怪我にも悩まされ、95年限りで引退。野球解説者を務めていたが、98年秋から野手総合コーチとして巨人に復帰。2001年に勇退した長嶋茂雄監督の跡を継いで、監督に就任した。「Show the Spirit」をキャッチフレーズに、新生巨人の指揮を取る。
■通算成績
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