日本プロ野球史上最多の3085安打、生涯打率.319(歴代3位)を誇る打撃の職人。左右に打ち分ける広角打法に加え、俊足を生かして内野安打も稼ぐ。一方で通算504本塁打とパワーも十分で、打者に必要な全てを兼ね備えた天才打者だった。
東映時代、7回首位打者のタイトルを獲得。V9後、打線の戦力低下が著しい巨人の救世主として迎えられ、「ON砲」に代わる「OH砲」として、70年代後半の巨人の牽引車となる。
巨人在籍の4年間、タイトルには恵まれなかったが、76年は打率.355で2位、77年も.348で2位と、期待以上の結果を残した。76年は首位打者・谷沢と1毛差という際どい首位打者争いだった。巨人時代4年の通算打率は.328で通算打率を大きく上回る。
80年ロッテに移籍、シーズン打率3割以上16回、9年連続打率3割以上と数々の記録を残し、81年、ユニフォームを脱いだ。引退後は野球解説者として活躍している。
■通算成績
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