「ミスタージャイアンツ」の枠を超えた「ミスタープロ野球」。戦後プロ野球人気の盛り上がりは、長嶋の力による所が大きい。
立教大時代に作った六大学の通算本塁打記録(当時)を引っさげて58年入団。いきなり打点(92)、本塁打(29)の二冠に輝いた。打率(.305)も2位と、あと一歩で三冠王という期待を超える活躍で新人王を獲得した。この頃急速に普及が進んだテレビの影響もあり、「長嶋ブーム」「野球ブーム」が巻き起こる。
本塁打王2回、打点王5回、首位打者6回、入団の58年から17年連続してベストナインに選出と成績も堂々たる物で、王とともにV9の原動力となったが、何よりもファンの目を意識したプレイで「記憶」に残る選手だった。59年、天覧試合でのサヨナラホームランに始まり、開幕戦で10本塁打、日本シリーズMVP4回と、大舞台になるほど強さを発揮する“燃える男”だった。一方で、ベース踏み忘れによる「幻のホームラン」や、敬遠に抗議してバットを持たずに打席に入るなど、どこか憎めない人間臭さも魅力だった。
引退後は巨人監督に就任。1年目で最下位の屈辱を味わったものの、翌年すかさずリーグ優勝するなど、プレーと変わらぬドラマチックな指揮ぶりが人気を集めた。93年からは再び監督に就任し、球団創設60周年の94年には、チームを日本一に導いている。
■通算成績
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