草創期ジャイアンツの打線の中心。阪神・景浦と人気を分け合い、日本初の三冠王に輝いた。
成績は戦前が中心で、首位打者2回、本塁打王2回、打点王4回を獲得するなどタイトルを総なめ。チャンスに強い打棒が魅力だった。
三冠王を獲得したのは昭和13年秋季。シーズン後半の10月に入って打撃が爆発し、5試合連続本塁打、1試合4安打4回と驚異的な固め打ちで他の選手を突き放した。飛ばないボールの時代とあって、本塁打は10本にとどまったが、40試合で打率.361、打点38と文句なしの成績で日本初の三冠王を獲得した。
戦時中、戦後は、短いながらも監督も勤めた。50年には大洋に移籍、現役生活最後の2年を過ごしている。63年、殿堂入り。
■通算成績
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