重いシュートを武器に、江川とともに80年代の「二本柱」として活躍した。
75年、ドラフト外で入団。天才と言われた江川、甲子園のスターだった定岡らと競いながら頭角を現した。77年には早くも47試合に登板、8勝5敗の成績を挙げる。80年、初の二桁勝利となる14勝を挙げて江川とともにローテーションの軸となった。81年には18勝、以降も毎年二桁勝利を挙げるとともに、防御率も2点台と安定したピッチングでチームに貢献した。
粘り強いピッチングが身上で、ランナーを出しても得意のシュートで打たせて取るピッチングで何度もピンチを脱した。「内野手としても一流」と言われた守備は、79年から7年連続ゴールデングラブ賞受賞(合計では8回)という評価を得た。81年日本シリーズ第5戦は、13安打を打たれながらも完封と、その真骨頂を示したゲーム。
大舞台にも強く、81年日本シリーズでは2勝、防御率0.50で最優秀選手賞、83年日本シリーズでも2勝を挙げて敢闘選手賞に選ばれている。
89年、中日に移籍するが、この年発奮して20勝を達成、唯一の最多勝利のタイトルを手にしている。
■通算成績
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