堀内、高橋一三が全盛期を過ぎた後、先発に、救援にフル回転で、長嶋巨人の屋台骨を支えたサウスポー。
静岡商から巨人入り。71年には早くも4勝3敗の成績を残す。入団当初は制球難に苦しんだが、負けても負けても使い続けた長嶋監督の期待に応え、76年からは4年連続二桁勝利と一本立ちした。
特に77年は2.32、78年は2.81と2年連続で最優秀防御率のタイトルを獲得した。78年には15勝7敗15セーブで最優秀救援投手賞に輝くなど、76、77年の2年連続リーグ優勝に貢献した。
巨人退団後は発足直後の韓国プロ野球に身を投じ、リーグを代表するエースとして活躍。3年後日本球界に復帰し、巨人時代とは打って変わった技巧派に変身、大洋では2年連続で二桁勝利を挙げた。その後ダイエー、ヤクルトを経て、92年引退。
■通算成績
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