セーブの制度が採用された70年代後半以降、各チームともピッチャーの「分業制」を推し進めたが、巨人で初めてと言える本格的な抑えのエースが角。左のサイドスローという独特のフォームからの切れ味鋭い速球、変化球で活躍した。
78年、三菱重工三原から即戦力の左投手として巨人入り。5勝7敗7セーブ、防御率2.87の好成績で新人王に選出される。79年からは本格的にリリーフに専念。81年には8勝5敗20セーブで最優秀救援投手のタイトルを獲得してチームの日本一に貢献、リーグを代表するストッパーに成長した。
この年を挟み、80年から82年までは1試合あたりの三振奪取率が10を超えている。変則投法のためか、外国人選手にも強かった。
89年日本ハムに移籍。先発に転向したこともあって、通算セーブ数は99にとどまった。その後ヤクルトを経て引退。ヤクルト、巨人コーチを務め、現在は野球解説者として活躍している。
■通算成績
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