熊本県出身。伝統校・熊本工の好守強打の名捕手として早くから名前を知られ、37年秋の神宮大会では川上哲治とのバッテリーで出場、優勝した。
その実力を引っさげ、翌38年、川上とともに巨人入り。同年春のシーズン、35試合中34試合に出場し、打率.265、本塁打3、打点14の好成績を残し、レギュラーの座を獲得した。
打撃成績はデビューの38年が最高だったが、ガッツ溢れるプレーで人気を博し、巨人第1期黄金時代の立役者の一人となった。通算339試合出場で59盗塁と、捕手ながら俊足も魅力だった。
17年応招、19年ビルマ戦線インパール作戦に参加し、戦死したと伝えられている。享年25歳。78年、プロ野球創世記の活躍を評価され、78年、野球殿堂入りを果たしている。
■通算成績
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