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集え!ジャイアンツおやG

「俺がいるところではない」ブルペンで痛感~藤城和明さん

2008.09.22

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 巨人軍のOB選手が現役時代のエピソードなどを披露するトークショー「集え!ジャイアンツおやG!!」。今季最終回となる19日(金)は、初登場の藤城和明さん(52)が、少年時代に憧れていた人の話や、入団後の思い出などについて語りました。

 この日は、台風の影響であいにくの雨模様のため、東京ドーム22番ゲート横の仮設ステージで行われましたが、藤城さんの現役時代を知るファンをはじめ、多くの観客が集まりました。

 兵庫県姫路市出身の藤城さんは、小学生のころ、秋の刈入れ後の田んぼなどで野球をしていたそうです。ボコボコの田んぼでプレーしても捻挫することもなく、「憧れの背番号“3”、をつけてプレーしないと力が出なかった」と、テレビの中の長嶋茂雄(現終身名誉監督)さんに憧れる野球少年でした。中学生では『燃えよ剣』(司馬遼太郎著)の主人公、新選組の土方歳三に憧れて剣道をやってみたり、高校生のときは、当時無名の青森・三沢高を甲子園に導き、決勝戦で延長18回を一人で投げ抜いた太田幸司(元プロ野球選手)さんのように「弱い高校を強くしたい」という思いで、複数の野球強豪校からの誘いを断り、地元・姫路の琴丘高等学校に進学するなど、目標とする人を見つけて少年時代を過ごしていました。

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 高校3年のときに巨人軍からスカウトされるも、まだプロで活躍するには早すぎると入団を断ります。親に仕送りしてもらわず自分の力で生きていきたいと、地元で、それも近所という理由で新日鐡広畑に入社。野球をする傍ら、営業マンとして働きました。「取引会社と鉄板などの大型製品の荷物の調整役を担当していて、お盆と年末は忙しかった。しかし、その時に培った喋り方だけは役に立ちましたね。入団後、『鬼』と称された武宮敏明寮長にその部分は褒められた」と社会人経験を振り返りました。

 1976年には、少年時代から憧れの長嶋さんが監督を務める巨人にドラフト1位で入団。「嬉しいというより、長嶋さんと目を合わすこともできなかった。オーラがあって近寄りがたく、話しかけたら周りから怒られるのではないかとビクビクしていました」と、当時の気持ちを明かしました。一年目のキャンプでは、ブルペンで隣に並んだ先輩たちの投球に驚愕したそうです。この年、ヤクルトから移籍してきた浅野啓司さんは投球前、「『3センチ外すよ。今度は2センチ中に入れるよ』と言うと、実際に捕手の構えたところにボールが投げ込まれる。また、加藤初投手も浮いてから落ちるドロップを投げ、『俺がいるところではない』」と思ったそうです。

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 一番印象に残っている試合は、川崎球場で行われた大洋(現横浜)との3連戦の初戦でプロ初先発し、長嶋監督から「3点までは許す」と背中を押され登板。結局、四回途中3失点で降板。武宮寮長からは「3連戦の初戦に投げるのはエースなんだぞ」とも言われたことが強烈に印象に残っていると話しました。

 最後に藤城さんは、この日から始まる阪神との首位攻防戦を前に巨人を激励。巨人がセ・リーグ優勝した1996年、東京ドームでの試合が台風の影響で中止になったことを引き合いに出し、現在、日本大陸を横断中の台風にかけ「神風が吹く!」と明言しました。「ここまできたら、(2位・巨人のように)追うほうが強いじゃけんのう」と、“メークドラマ”を願いました。さらに、引退後は「敏いとうとハッピー&ブルース」の一人として活躍した藤城さんは、締めの言葉ならぬ「締めの唄」を披露。舟木一夫さんの『学園広場』を歌い出すと、ドーム周辺は藤城さんの美声とファンの歓声に包まれました。