集え!ジャイアンツおやG
松本さんが盗塁に開眼した秘話披露
2008.04.11
巨人軍OB選手が現役時代のエピソードなどを披露するトークショー「集え!ジャイアンツおやG!!」が11日の試合前、東京ドーム正面22番ゲート前の「ステージG-KING」で行われました。今シーズン第1回目のゲストは、1982、83年のセ・リーグ盗塁王で「青い稲妻」と呼ばれたリード・オフマン、松本匡史さん(53)です。
松本さんの登場直前に、同じ兵庫県出身の坂本勇人選手がステージに出演。松本さんは冒頭で、同郷の若手成長株について「2年目の大型内野手で、バッティングも守備もうまい。非常に期待しています」と高く評価していました。
トークショー本編で、松本さんは代名詞の「盗塁」に開眼したきっかけについてふれました。地元・兵庫に本拠地のあった阪急ブレーブスのファンだった松本さんは中学3年のころ、福本豊さんの走塁に衝撃を受けたといい、「例えば、キャッチャーの二塁への送球がそれただけで、そのまま一気にホームホームインしたんですよ。その足の素晴らしさに憧れて、私も高校時代から盗塁を狙うようになりました」と打ち明けました。小学校のころは、陸上の大会で優勝した経験のある松本さんは「ホームランは打てなかったけど、高校時代の通算盗塁数は100個です」と、驚異的な記録を作ったことを披露しました。
さらに、より多くの盗塁ができるように出塁率を高めるため、長嶋茂雄・終身名誉監督直伝のホームベースに当ててゴロを生み出す打法のデモンストレーションも行い、集まったファンから大きな歓声があがりました。
その出塁を増やす打法を伝授した長嶋名誉監督と松本さんの関係について話題が及びました。松本さんは1977年にドラフト5位で巨人入りしました。しかし、すでに一般企業への就職が内定しており、当初は入団を拒否していました。「(当時監督だった)長嶋さんが、円満に入団できるように環境を整えてくれました。大学の後輩の就職にも影響がないように配慮もしてくれて。長嶋さんは、ああ見えて結構こまかい。神経をつかってまわりに気をくばって全部やってくれました」と話したうえ、「いろいろな選手がいますが、僕が長嶋さんに対して一番弱い。何も言えないです」と、いまだに長嶋名誉監督は頭が上がらない様子でした。
長嶋名誉監督に“ラブコール”に応えて巨人入りした松本さんでしたが、すべてが順風満帆ではなかったといいます。大学時代に負った左肩の脱臼にプロ入り後も、しばしば悩まされました。左肩の脱臼は大学2年の試合中、三塁手の守備で相手走者と交錯したのが原因で、その日は接骨院で治療を受けました。松本さんは「肩がはまると痛みが消え、次の日から練習に参加しました。痛みは感じないのですが、実際は周りの靭帯が伸びているので、整形外科に行くと1か月くらい固定される。すぐに練習を始めてしまって、癖がついてしまったことが悪かった」と振り返りました。
プロ1年目では内野手の控えながら、7月の時点で、オールスターのファン投票で二塁手部門1位となった松本さん。いよいよスタメンで起用すると言われた北海道遠征の試合前練習で、悲劇が起きました。フリー打撃の1球目でバットを振り抜いた瞬間、左肩が「すっ飛んでいった」。そのまま、ホテル、さらに東京へ直行を命じられたそうです。松本さんは「ショックでしたね。夏場まで何もなかったので、安心していたんでしょうね……」とつらかった思い出についてユーモアを交えて話しました。
最後に現在の巨人軍について、松本さんは「確かに選手は頑張っていますが、結果が出てない。これはプロとして失格。これから彼らも意地を見せていくと思います」と、後輩にエールを送っていました。