集え!ジャイアンツおやG
満塁男は“発明家”!?~駒田徳広さん
2008.04.23

「おやG」登場4回目となる駒田さん
巨人軍OB選手が現役時代のエピソードなどを披露するトークショー「集え!ジャイアンツおやG!!」が23日、東京ドーム正面22番ゲート前の「ステージGーKING」で行われ、駒田徳広さん(45)が、投手から野手に転向した経歴や自打球から生まれた“発明品”などについて話しました。
「おやG」登場4回目の駒田さんは「そろそろネタがなくなるかと心配した」という言葉とは裏腹に、今回も“舌好調”ぶりは健在。10代で開幕スタメンを果たした坂本勇人選手が、駒田さんの代名詞だった「満塁男」と呼ばれていることについて、「うれしかった。けど、自分はプロ初打席で(満塁ホームランを)打った。坂本は当時の僕より1歳若くして打ったからなぁ…」と複雑な様子。期待の若手に向けて「(坂本選手は)すき間のないメンバーの中でレギュラーをつかみ取った。『応援しないと』と思わせる存在で、新しい時代につき進んでいる感じがします」と期待を寄せていました。

ファンとともに現役時代の映像に見入りました
1980年にドラフト2位で巨人に入団した駒田さんは、入団当初、ピッチャーでした。「でも、3日間だけ。とにかくピッチャーは練習がきつかったし、自分から辞めさせてほしいと言いました」と打ち明けました。長身の左腕は貴重ということで1年間はやる予定だったが、「ピッチャーで失敗したと言われるのが嫌で、早めに転向しました。投手を続けていたら、3年で田舎に帰っていたかも」と話しました。
打者として頭角を現した駒田さんは、一部で巨人の“鉄人”と称されていたそうです。駒田さんはしばしば右足に自打球を当てたが、痛みを我慢して試合に出続けていました。ズボンの裾をたくし上げると、右足は今でも黒いあざだらけで、会場のファンからどよめきが起こりました。右足を守るため、駒田さんはレガースを着用して打席に立つようになりました。「捕手はレガースを着けていたけど、打者では初めてかもしれない」と駒田さん。このほか、裾にゴムを入れたユニホームのズボン、ビールかけ時の水中メガネなど球史に残る “発明”を考え出したというが、「今は何も浮かばない」とおどけて見せました。