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集え!ジャイアンツおやG

初打席初本塁打の裏に長嶋監督エピソード~中井康之さん

2008.08.17

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中井さんは「おやG」初登場

 巨人軍のOB選手が現役時代のエピソードなどを披露するトークショー「集え!ジャイアンツおやG!!」が17日(日)、東京ドーム22番ゲート横の「ステージG-KING」で行われ、初登場となる中井康之さん(54)が、巨人史上初となる「初打席初本塁打」を記録した際のエピソード、現役時代のあだ名「ちょんぼの中井」を命名されるまでの出来事などを語りました。

 この日は、あいにくの雨で、仮設ステージでの開催となりましたが、中井さんの現役時代を知るファンをはじめ、約400人のファンがステージに駆けつけました。

 中井さんが本格的に野球を始めたのは中学生になってから。小学生の頃は、京都の同郷で「世界の釜本」と称された釜本邦茂さんの影響で、サッカーに入れ込んでいた中井さんは、野球は「原っぱで三角野球やキャッチボールをするくらい」だったそうです。中学入学後、同じ小学校の先輩から「ユニホームを着たら女の子にモテるぞ!」と言われ、その一言で野球部への入部を決意。中学では外野と遊撃を守っていましたが、後に進学した西京商業高校で、たまたま、2、3年生の先輩が不在のときに未経験の投手を任され、けん制もカーブも知らないまま必死に投げたところ、監督から「明日から投手をやれ」と言われ、中井“投手”が誕生しました。

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雨で仮設ステージでのトークショーながら約400人が集まりました

 1973年ドラフト1位で巨人に入団することになった中井さんは、ドラフト当日、同級生らと授業をさぼって喫茶店に行っており、「学校総出で居場所を探し回っていたそうです。また。母親から「箱根の山を越えると鬼がいる」と聞かされていて、東京に出ることは考えていなかったし、近鉄や阪急などの関西球団も存在していたせいか、セ・リーグ球団から誘われることも稀でした。

 78年、肩を痛めて野手に転向するときに「もうクビかなと思って、どうせやめるならあと1年頑張ってみよう」と、お先真っ暗の中で野手になって初めて野球のことを勉強したそうです。79年4月11日の阪神戦で放った「初打席初本塁打」は巨人史上初で、球界でも13人目の記録。「打席に立つ前に長嶋(茂雄)監督から『いいか、中井。お前には期待していないから』と言われてホっとしたのか、目をつむって打ちました。その後、王(貞治)さんの逆転3ランもあり、見事勝利しましたが、翌日のスポーツ紙は王さんが一面で、ボクの記事は紙面隅に少しだけ載りました」と、笑顔で語りました。

 華々しく“野手”デビューを飾った一方で、中井さんには「ちょんぼの中井」というあだ名がつきました。ある日の中日戦で、一塁代走で起用された中井さん。マウンドにはけん制が上手な左腕・松本幸行投手。「足あげたら片側リード(=足を上げたら一歩ベースに戻る意)で」と長嶋監督と3コーチから指示を受けたにも関わらず、1球目でけん制タッチアウト。ベンチに帰ると「『本当に(けん制が)うまいですよ』と言うと、みんなに笑われました」と、当時を思い出していました。

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 最後に中井さんは、「(8月16日終了時点で)阪神との差が7ゲームに迫り、背中が見えてきた。セ・リーグ優勝、そして、クライマックス・シリーズ、日本シリーズを勝ち抜いて完全制覇してほしい」と、ナインにエール。また、現在は東京・芝大門で「居酒屋なかい」を経営する中井さんは、「お店で○○と言って下されば、特典をつけますよ」と、トークショーを聞き入ったファンを喜ばせました。