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集え!ジャイアンツおやG

韓国野球の強さの秘密は・・・~小林繁さん

2008.08.28

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 巨人軍のOB選手が現役時代のエピソードなどを披露するトークショー「集え!ジャイアンツおやG!」が28日(木)、東京ドーム22番ゲート横の「ステージG-KING」で行われ、小林繁さん(55)が登場。高校時代の苦労秘話から今年2月に臨時コーチを務めた韓国プロ野球まで様々な話題について語りました。

 鳥取県で生まれ育った小林さんは、巨人ファンだったという父親に、毎日のように野球の練習をさせられていたそうです。小学生のときには町内会の野球チームに入り、小学5年生では早くも試合で禁止されているカーブを覚えるほどだったといいます。

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 由良育英(現・鳥取中央育英)高校に進学した小林さんは、体重が52キロと軽かったため、控え投手に。さらに高校2年の時は、監督から三塁手へのコンバートを打診されたこともあったそうです。数日間考え抜いた小林さんは「投手ができないのであれば野球を辞めて、バスケットボールをします」と返答しました。小林さんにとってバスケは中学時代、野球部の練習終了後からでも練習参加していたほど親しんでいたスポーツで、高校でも元日本代表選手だったバスケ部の監督から勧誘されたこともあるそうが、結局、野球部に残り、投手を続けたそうです。

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 小林さんは、社会人野球の全大丸を経て、1973年ドラフト6位で巨人軍に入団。76年と77年には2年連続18勝をマークして長嶋巨人のV2に貢献しました。83年は13勝を挙げたものの、わずか31歳の若さで現役引退。その理由について、小林さんは「野球は仕事だと思ってやっていた。だから死に物狂いで体を張り、研究もして試合に臨んだ。エースが13勝では認められない時代だった」と振り返りました。

 小林さんは今年2月、韓国のプロ野球チーム「SKワイバーンズ」で1か月間、臨時投手コーチを務めました。韓国では、朝8時半から夜10時までバットを振り続ける練習量の多さに驚かされたといい、「この姿勢が五輪野球で金メダルを獲得する原動力になったと思います。日本のチームも見習うべき点はあるのでは」と指摘しました。