5日目:野球対決とストリートチルドレン野球交流会

■バングラデシュ代表対日本人チーム

 長旅の翌日は、試合からスタートです。  バングラデシュ代表の国内唯一の対戦相手に、「ベンガルジャイアンツ」という在バングラデシュの日本人チームがあります。月に1度対戦をしているという試合に、北之園コーチはバングラデシュ代表チーム、成瀬コーチはベンガルジャイアンツの選手として参加します。  成瀬コーチは先発投手です。試合で投げるのは引退以来、約5年ぶりの投球なんだそう。1イニング限定の投球に「右腕をバングラデシュに置いていきます」と宣言。投球練習を始めると両チームから「おぉ~」と歓声が上がりました。  「3番・北之園」とのジャイアンツ対決も実現しました。実はこの2人、現役時代にも対戦をしていて、ライト前ヒットを放った北之園コーチに軍配があがったそうです。エピソードには続きがあり、北之園コーチはこの打席で自打球を当て足の指を骨折してしまったんだそう…。そんな過去もありつつも、「自打球は怖くなかった」と豪語した北之園コーチが、当時を再現したかのような見事なライト前ヒットを放ちます。バングラデシュ代表チームは大盛り上がりでした。

   引退以来約5年振りの登板の成瀬コーチ

  ホームインして選手たちに迎えられる北之園コーチ

 その後、初勝利を狙うベンガルジャイアンツが1点差リードで最終回を迎えたましたが、9回裏に代表チームが逆転、サヨナラ勝利という結果となりました。  両チームのMVPにはジャイアンツのキャップが、代表チームの敢闘賞3選手にはスパイクが贈られました。  最後に参加者全員で記念撮影をしてお開きです。

ベンガルジャイアンツのユニホームにはベンガルトラが

   敢闘賞の選手たちにスパイクを贈呈

          ベンガルジャイアンツの皆さんにオレンジタオルを贈呈

■過酷な路上生活と、アカデミー生の母との出会い

 バングラデシュで人気のファストフード店『Takeout』に寄り、ハンバーガーとポテト、チキンなどをいただきました。普通そうに見えても、ポテトやチキンはスパイシーで、バングラデシュにいることを思い出させてくれます(笑)  食後、車で10分ほど行くと、バンガバンドゥ・ナショナル・スタジアムというクリケット場とマウラナ・バサニ・ホッケースタジアムというホッケー場が隣接した場所に着きました。  車から降り、歩き始めると後ろから「コンニチワ」と日本語で話しかけてくる女性が現れました。最初は相手にしてはいけない人かと思い、女性を無視する我々でしたが、このエリアで渡辺大樹さんと一緒に路上生活をする子どもたちを支援するスタッフの女性であることが分かり、一同ほっと一安心です。  車から降りて5分ほど歩くと、門が閉ざされた一角がありました。門の隙間から中に入ると、あたりにはゴミなのか、何なのか分からないようなものが置かれていて、路上生活をしている子どもや大人が立ち話をしたり、寝ていたりしています。日中はこの辺りで過ごし、店が閉まる時間になると、スタジアムの軒下で雨風をしのぎながら就寝する生活をしている、と教えてもらいました。目の焦点が合わない子はシンナー中毒なんだそう。現在、ストリートチルドレンではシンナー中毒が問題になっていて、接着剤など簡単に入手出来てしまうため断つことも難しいそうです。  渡辺さんと顔なじみの、このエリアのボスがやってきて、「ここに住む人々にIDをあげてくれ」と訴えていました。路上生活をする人々は国民としてのIDを持っておらず、国の人口に含まれていない存在のため、必要な援助も受けることができないそうです。1歳にも満たない赤ちゃんもいて、なんとも言えない感情になります。  そんな会話が終わると、1人の女性が現れました。  前日まで我々が滞在したエクマットラアカデミーに通う子のお母さんでした。北之園コーチが一番交流をし、涙を流すきっかけになった存在の子のお母さんと聞き、固く握手を交わしました。  渡辺さんから、アカデミーでの交流の様子が伝わるとお母さんも嬉しそうで、我々も心温まる瞬間でした。渡辺さんら活動グループは今後も、「子どものためなら」と親が納得し、「この環境を変えたいんだ」という強い意志を持った子どもが見つかれば、エクマットラアカデミーに迎え入れていくそうです。

  路上生活を送る人々と話をする渡辺さん

  夜から朝にかけてはスタジアムの軒下で過ごす

アカデミーに通う子どものお母さんと握手を交わす北之園コーチ

  1歳に満たない赤ちゃんにも出会いました

■ストリートチルドレンと野球交流

 渡辺さんがベンガル語で子どもたちに呼びかけ、近くにある広場へ移動します。移動中にもパラパラと子どもたちが集まりました。  広場に着くと、渡辺さんがベンガル語でバックホームゲームの説明をします。子どもたちはちゃんと説明を聞き、ルールを理解してくれました。ベースがなかったので、代わりに落ちていたペットボトルで代用です。  2チームに分かれて試合開始。驚いたのは、みんなバッティングが上手なこと!シンナー中毒の子も外野に飛ぶ打球を放ち、コーチたちも驚きを隠せませんでした。さっきまで楽しんでいたのに、急にいなくなってしまう子がいたのにも驚きましたが…。  楽しそうに野球をする姿と歓声に、近くにいた大人たちが集まってきます。気づくと30~40人もの観客に見られながらの野球交流会となっていました。国内ではほとんど野球を目にしないため珍しいんだそう。中には富裕層に見える10代の子どももいて、「日本のアニメが好きでリベンジャーズを読んでいる」と話す一方で、野球にも興味津々な様子でした。  野球を体験した子どもたちは目を輝かせ、笑顔で楽しかったことが伝わってきます。苦しい生活の中でも、野球が笑顔を作ったり、チームワークを身につけたりするツールになるんだと実感しました。我々は野球を通じてもっと多くの活動ができ、多くの笑顔を生み出せると、この子どもたちに気づかせてもらいました。  与えるものよりも得るものの方が多い、そんなひと時でした。

文字通り「青空教室」となったストリートチルドレンとの野球交流

     気づくと多くの人が集まっていました